ここではまず(1)で、南国科学通信の第9回エッセイ「多数決の秘められた力」に紹介されたガラム模型の基本形である r = 3でエージェント2タイプの場合の詳述を行う。
加えて(2)、(3)において、モデルのより進んだ取り扱いも解説する。
(1)固定票型の臨界値
二つの状態1(賛成)と0(反対)をとることのできるエージェントが N 人いる系を考える。N は非常に大きいとする。
系はとびとびの時間 t = 0, 1, 2, … ごとに状態が変化できるとする。時間 t から t+1 へのアップデートは次のように行われる:
* 系は r 人のエージェントからなるグループにランダムに分割される。
* グループ内 r 人での意見の多数決をとって、各エージェントは新状態に変化する。
このアップデートに際して、振る舞いの異なる2つの型のエージェントがあるとする。
* 浮動型:グループ内多数決に従って、多数派の状態へとアップデート
* 固定型:多数決の結果にかかわらず、自分の最初の状態のままでいる
* 常に賛成状態の固定型(A型)と、常に反対状態にある固定型(B型)がある

全系の状態は確率分布で記述されるが、N が十分大きければ分布の分散は十分小さく、その平均値としての確率量のみで記述できる。
全エージェントの内で固定A型のものの比率を a 、固定B型のものの比率を b とする。浮動型エージェントの比率は (1–a–b) となる。
時間 t での賛成派の比率を pt と書く。この比率は固定A型の比率 a と、浮動型のうちの賛成派の比率 (pt–a) からなっている。反対派は全体で (1–pt) で、その内訳は固定 B型の比率 b と浮動型のうちの反対派の比率 (1–pt–b) からなっている。
時間の進行 t –> t+1 に際する時間発展 pt –> pt+1 の記述は
pt+1 =F(pt, a, b)
の関数 F(p, a, b) を定めることで達成される。以下最も簡単な r = 3 の場合を考える。N が 無限に大きい極限で、これは次のようにして求めることができる。
グループ内の3人のエージェントの構成のパターンは全部で20ある。
これを列挙するのに、次の表のようにインデクス j で番号付けることにする。表にはまた、ランダムな組み分けを行った際に各パターンが生起する確率 Πj 、各パターンの組みでアップデートがおこなわれたのちの新パターン、新パターン中の賛成派(固定A型および浮動型中の賛成派)が発生する確率 Xj を書き入れてある。
グループ内パターンに出てくる記号で1、0は各々浮動型のうちの賛成、反対のもの、A、Bは各々固定A型、固定B型を表している。
引数 j パタンj Πj アプデト後パタンj Xj
1 000 (1–p–b)3 000 0
2 100 3 (p–a)(1–p–b)2 000 0
3 110 3 (p–a)2(1-p–b) 111 1
4 111 (p–a)3 111 1
5 B00 3 b (1–p–b)2 B00 0
6 B10 6 b (p–a)(1–p–b) B00 0
7 B11 3 b (p–a)2 B11 2/3
8 BB0 3 b2 (1–p–b) BB0 0
9 BB1 3 b2 (p–a) BB0 0
10 BBB b3 BBB 0
11 A00 3 a (1–p–b)2 A00 1/3
12 A10 6 a (p–a)(1–p–b) A11 1
13 A11 3 a (p–a)2 A11 1
14 AB0 6 a b (1–p–b) AB0 1/3
15 AB1 6 a b (p–a) AB1 2/3
16 ABB 3 a b2 ABB 1/3
17 AA0 3 a2 (1–p–b) AA1 1
18 AA1 3 a2 (p–a) AA1 1
19 AAB 3 a2b AAB 2/3
20 AAA a3 AAA 1
状態更新後にAとなる確率は、各パターンの生起確率に、そのパターンで更新後にA状態が出現する確率をかけたものを、全てのパターンについて足したものである。すなわち F(p, a, b) = Σj Πj Xj であって、計算を行うと
F(p, a, b) = –2 p3 + 3p2 + a(1–p)2 + b p2
となる。
時間発展 pt –> pt+1 の安定的な終状態は、次の関係を満たす固定点 p* = p*(a, b)の中の安定固定点で与えられる
p* = F(p*, a, b)
これは図の上で関数 y = F(x, a, b) と y = x の交点としても求められる。
図の中の交点のうちの p=1/2 付近以外の1点もしくは2点がそれである。交点が3つある場合には、真ん中のp=1/2付近にあるのは不安定固定点で、両端のどちらの安定固定点に向かうかを分かつ分岐点になっている。

いま固定A型のみがあって、固定B型がいない場合、すなわち b = 0 の場合に注目してみる(上図)。 a を 0 から 増加させていくと、 a のある値 ac 〜 0.172 で、固定点 p*(a) はp* 0に近いもの、p* = 1、そしてその中間の値3つあったものが、p* = 1 の1つだけへと、突然変化する。(上図の1番目のものから3番目のものへの移行)
つまり a < ac の場合、初期値 p0 の値次第で、 t -> ∞ の極限で pt -> a+a2 ないし pt -> 1 となる一方、 a > ac の場合は p0 の値にかかわらず t -> ∞ で pt -> 1 となる。すなわち ac は二つの別な相を分かつ臨界値なのである。
この臨界値 ac は p* = F(p*, a, 0) が重根を持つという条件から求めることができる。すなわち
p* = –2 p*3 + 3p*2 + a (1–p*)2
の三つの解
p* = 1, p* = 1/4{ 1+a–√(1–6a+a2) }, p* = 1/4{ 1+a+√(1–6a+a2) }
農地二つが重根となる a の値であり、それは 1–6a+a2 = 0 の解
ac = 3–2√2 = 0.1715…
と求まる。B固定型が不在の場合(b=0)、A固定型の割合 a がこの ac をこえると、残りの浮動型の初期の賛否がどうであっても、最終状態はかならず全員がA状態になるというわけである。
(2)両方の固定票型のある場合の三重臨界値
ついでA、B両方の固定票型がある場合を考える。
B固定型の割合 b が0から少し増えても状況は不変で、A固定型の割合 a が臨界値を超えると、浮動型の初期の賛否の割合によらず、最終的にA意見が多数をしめる。ただこの場合、自動的勝利に必要な a の値は、上記の ac より b の値に応じて大きくなる。この値をacr(b) と書くことにする。当然ながら acr(0) = ac である。
この acr(b) は連立式
pcr*(b) – F(pcr*(b), acr(b), b) = 0
1 – ∂pF(pcr*(b),acr(b), b) = 0
によって計算できる。ここで ∂p は p による偏微分を表す。これを実際行うと、絶対的勝利に必要な acr の増え方は、増えた b と比較して少ないと判明する。 b = 0.1 の場合のA固定型の臨界値は acr = 0.19 ほどであり、 b = 0.2 の場合の臨界値は acr = 0.22 ほどである。
そして b = 0.25 に達する時、 acr = 0.25 となり、 b がこれ以上の値だと acr = b となる。

何が起こっているかを見るには、 b = 0.25 にとって、 a を acr 周辺で変化させてみた時の F(p, a, b)を表した上の図を見るのが良い。すると b が十分小さい場合とは異なって、 a が acr より小さい時は、浮動型の動向にかかわらず、B固定型の自動勝利となっている。 そして a が増えると、これが浮動型によって結果の変わる領域を通過せずに、直接 a > acr でのA固定型の自動勝利領域につながっている。

状況を整理するには、パラメータ a、b の平面上に、可能な最終状態を書き込んで見るのが良い。上図の中3本の線が、b を定めた時の a の臨界値 acr(b) 、ないしはAとBを入れ替えて考えた時の b の臨界値 acr(a) を表している。
これを見ると a = b = 0.25 に三つの臨界値線が会合する特別な点があることがわかる。これを三重臨界点 at と呼ぶことにする。前の ac の時と同様、ar の値は F(p, a, a) が p の重根をもつ a の値として、連立式
pt* – F(pt*, at, at ) = 0
1 – ∂p F(pt*, at, at) = 0
により解析的に求められる。(実際はp*の三重根であり ∂p2F(pt*, at, at)=0も満たされている)pt* の値は対称性から pt* = 1/2 とすぐに求まり、 これを用いて at を求めることができる。そして今のばあい、その値は正確に at = 1/4 である。
固定型が増えると、最終結果はそれにつられて傾くが、両方の固定型があると、それらが拮抗して働き、浮動型の初期値次第で結果の変わる領域が狭まって来る。そしてどちらかの固定型の割合が at (= 0.25) を超えた時点で、議論を繰り返して得られる多数決の結果は、浮動型の動向にかかわらずA固定型ないしはB固定型のうちの多い方の自動的勝利になるのである。

最後に、グループを構成する人数 r を r = 3 よりも大きくすると、どのように ac (青)と at (赤)が変化するかを示す図を掲げておく。
(3)懐疑派エージェントのいる世論力学
この最後の節では、ここまで説明してきたモデルを拡張することを考える。
まず多数決をとる小グループ数を3以外の一般の数 r に拡張するのは概念的には容易であり、実際そのようにして発展方程式を書き下すことも、技術的にはかなり込み入ってはいるが、原理的には可能であって、ごく最近論分[1] においてそれはなされた。
多くの巨視的物理系では、温度という概念があって、温度がゼロではある厳格な法則に従って系の各要素の状態が一つに定まっても、有限温度においてはランダムな揺らぎがあって、系の各要素が確率的にもともとあった状態から別の状態に遷移するということが起こる。
ランダムにエージェントがエラーを起こして、間違った状態をとるといっても同じである。
世論力学モデルにおいても同様のランダムなエラーを考慮することができる。いま浮動票型のエージェントが、多数決に従った状態から、確率 c で反対の状態に変わるとしてみる。
c = 0 は今まで通りの純粋多数決に従う浮動票型エージェントのみの系を表し、 c = 1/2 が多数決の結果にかかわらず全くのランダムな状態を取る浮動票型エージェントの集合を表している。一般にはこの両極端の中間が考えられるので、 c は0から 1/2 までの間の値を取ると考えれば良い。
この「有限温度効果でエラーを起こすエージェント」は、別の解釈も可能である。
いま c‘ = (1–a–b) c という数を考え、時間ステップ t -> t+1 の発展で、
* A固定型エージェントが a 割
* B固定型エージェントが b 割
* グループ内多数決の結果の反対の状態を取るエージェントが c‘ 割
* グループ内多数決に従う浮動型エージェントが 1–a–b–c’ 割
混ざっている新しいモデルだと考えてもよい。つまりエージェントに次の3種類を想定するのである。
* 浮動型:グループ内多数決に従って、多数派の状態に更新
* 固定型:多数決の結果にかかわらず、自分の最初の状態のままでいる
* 常に賛成状態の固定型(A型)と、常に反対状態にある固定型(B型)がある
* 懐疑型:グループ内多数決をみて、多数派に反対の状態つまり少数派の状態に更新
「懐疑型」と名付けたこの新エージェントは、グループ内の多数決に常に反対する動きを行う。社会の中には一定数、このような冷笑的行動を取る性向の人々や、このようにモデル化できるような行動を取りがちな(たとえば知識階級の一部のような)社会階層があると考えることもできる。
懐疑型の存在は、多数派の形成にどのような影響を与えるだろうか。ちょっと考えて思いつくのは、固定型の強力な影響力を減少させるのではないかという推測である。固定派の自動勝利に関係する臨界値 ac や at を大きくするのではないだろうか。
それを調べるためには、拡張された3タイプのエージェントがいるモデルの発展方程式を書き下す必要がある。この新しいパラメータ c(ないし c’ )のある新モデルでは、第1節で与えたテーブルが次のように修正される
引数 j パタンj Πj アプデト後パタンj Xj
1 000 (1–p–b)3 000 c
2 100 3 (p–a)(1–p–b)2 000 c
3 110 3 (p–a)2(1-p–b) 111 1–c
4 111 (p–a)3 111 1–c
5 B00 3 b (1–p–b)2 B00 2c/3
6 B10 6 b (p–a)(1–p–b) B00 2c/3
7 B11 3 b (p–a)2 B11 2/3–2c/3
8 BB0 3 b2 (1–p–b) BB0 c/3
9 BB1 3 b2 (p–a) BB0 c/3
10 BBB b3 BBB 0
11 A00 3 a (1–p–b)2 A00 1/3+2c/3
12 A10 6 a (p–a)(1–p–b) A11 1–2c/3
13 A11 3 a (p–a)2 A11 1–2c/3
14 AB0 6 a b (1–p–b) AB0 1/3+c/3
15 AB1 6 a b (p–a) AB1 2/3–c/3
16 ABB 3 a b2 ABB 1/3
17 AA0 3 a2 (1–p–b) AA1 1–c/3
18 AA1 3 a2 (p–a) AA1 1–c/3
19 AAB 3 a2b AAB 2/3
20 AAA a3 AAA 1
時間 t における状態Aにあるエージェントの比率 pt の時間発展
pt+1 = F(pt, a, b, c)
を与える関数 F(pt, a, b, c) は、このテーブルから F(p, a, b) = Σj Πj Xj で求められ、計算の結果は
F(p, a, b c) = (1–2c) [ –2 p3 + 3p2 + a(1-p)2 + b p2 ] + c (1+a–b)
となる。 簡単にチェックできる通り、c = 0 にすると、この式は最初の2エージェント・タイプのモデルのものに帰着する。
前節までの扱いの素直な拡張で、 b ならびに c を定めた時の a の臨界値 acr(b,c) 、すなわち a がこれを超えるとA固定型の自動勝利となる値を
p* – F(p*, acr(b,c), b, c) = 0
1 – ∂pF(p*,acr(b,c), b, c) = 0
によって求めることができる。臨界点 ac、三重臨界点 at はいまや c に依存する量となり
pc* – F(pc*, ac, 0, c) = 0
1 – ∂p F(pc*, ac, 0, c) = 0
そして
pt* – F(pt*, at, at, c) = 0
1 – ∂p F(pt*, at, at, c)= 0
から求めることができる。
もっともわかりやすいのは、 c を固定して、以前同様に固定型の割合 a, b を変化させた時の、パラメータ平面 {a, b}を臨界値 acr(b,c) を表す線分がどう区分するかを見る「相図」を描くことである。

上の図はそのような相図の例で、左が c = 0.5 の図、右が c = 0.1 の図である。この二つをさきに出たc = 0 の図と比べられたい。懐疑派の混入率 c が大きくなるにつれ、浮動型の初期値次第で結果の変わる領域がどんどん小さくなっていっているのがわかる。
つなりこれを見ると、懐疑派の存在が「本来の多数決の機能している」パラメータ領域を狭めて、実質的に固定型の力を増す手助けになっていることがわかる。実際 c を十分大きくして、ある値 ccr を超えると、この浮動型の動向次第の「多数決の機能する」領域は消滅してしまう。今の r = 3 の具体例でいうと、それは ccr = 1/6 = 0.1666 である。ここでも様々な r での ccr の値を示すグラフを置いておこう。同時に薄く示してある赤と青の線は、前章の ac、at であるが、 ccr がこれらの間をつなぐ値になっているのは興味深い

結局懐疑派エージェントの存在は、固定型エージェントの力を増し、より有力な固定型エージェントの隠れた仲間として機能するのである。一見直感に反するが、なんとなく実社会の体験からも納得できる結論のようでもある。
参考文献
*より一般の場合や一般的な取り扱いを知りたい場合はガラム教授の教科書を参照
Serge Galam, Sociophysics: A Physicist’s Modeling of Psycho-political Phenomena https://www.amazon.co.jp/dp/1461420318/
*最新の発展についてはこちらの論文を参照
[1] Serge Galam, Taksu Cheon、”Tipping point dynamics: a universal formula”, arXiv.org preprint (2019) 暫定版はこちら
[2] Taksu Cheon & Serge Galam、”Dynamical Galam model”, Phys. Lett. A382 (2018) 1509-1515.
https://arxiv.org/abs/1802.05389