ペイジランク:多数決と世評

—-南國科學通信 抽象圏から1—-

人間は社会的動物なので、生きて行く上で自分の社会の中での評判というのを絶えず気にせざるを得ない。集団の中での各人の発言の重みは、評判に従って決まってくる。「社会的地位」とまで大きな話にせずとも、小さな仲間内での評判に基づいたポジショニングが、毎日を楽しく生きるのには実は一番重要だったりする。

しかし世評というのはどのように決まっているのだろうか。有能だとか、親切だとか、人を乗せるのが上手とか、他人の評価は個々人の何かの美質に基づいているには違いないが、そればかりとも言えず、なぜ彼女はあんな有能で良い人なのに人望がいまいちなのか、あるいは特に優れたとこもない彼の意見がなぜ重きをなすのか、そのような疑問は皆が抱いているだろう。

人の評判を可視化するもっとも手っ取り早い手段は投票である。細かいことはさておき、まずはざっくり一人一票として「誰が優れているか」の評価を集計して点数にするのが良さそうである。例えば6人からなる社会を考えて、各々の他の人に対するポジティブな意見を矢印で表して、こんな様子だったとしてみよう。

一人一票だと考えると、たとえば二人を推しているC、D、そしてEから出る矢印は1/2の重みをつけるべきだろう。一方誰にも矢印を出していないFのような棄権者もいるだろう。集めた矢印を数を重みも入れて足し合わしたものが各人の「世評点」だと考えると、Aが2.5点、Bが1点、C、D、Eは0点、そしてFが1.5点である。この世評点で人望の順位付けをすれば、この小さな社会ではAの意見がもっとも重きをなし、ついでFの意見が重んぜられる、という計算になる。この社会の代表と副代表を決めるとすれば、それぞれAとFを選ぶのが民主的で、治まりが良さそうである。

でも本当にそうなんだろうか。これに疑問を呈した二人の青年科学者がいた。ともにスタンフォード大学の博士課程の院生だったラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンである。彼らが行ったのは、実際の社会では「世評の高い人」の意見は万事において重きをなすので、それは世評自体を決めるに際してもそうだろう、という観察である。

先ほどの図で考えて見よう。各人を平等にとって仮に計算した世評点自体を重みとして、グラフから世評点をあらためてもう一度計算してみる。世評点2.5だったAから出る線は2.5点、世評点1のBから出る線は1点、世評点0のC、D、Eから出る二本づつの線は0/2=0点という具合にして集まった点を計算すると、二度目に計算された世評点はAは1点、Bは2.5点、C、D、E、Fは0点になる。

現実世界での人間の声望を考えると、通常それが完全に他人の評価のみに基づくという事はない。社会が危機に瀕した時、団結して戦うにせよ、相対立して刃を向け合うにせよ、人一人はすべて等しく一本の剣となるのだから。人の世評はおそらくは、各人に平等な重み1をあてがったものと、上で二度目に重みつけて計算したものとの、どこか中間で与えられるだろう。たとえばその両者を1:4で混ぜ合わせれば、世評点はAが1点、Bは2.2点、C、D、Eは0.2点で、Fも0.2点という勘定になる。

少し考えると、今の計算のままではまだ完全ではないことに気づくだろう。矢印を重み付けするのに使うべき世評点に、この新しい数値を使う必要があるだろうから。そうやって得た矢印点を集めた点数と平等な点数を混ぜ合わせて、新たに世評点が計算される。それをまた矢印の重みの計算に、という具合の繰り返しの計算を結果が収束するまでおこなう。するとA、B、C、D、E、Fの点の比率は 8.3:7.6:1:1:1:2.2 になって、これが辻褄のあった最終的な世評点である。ざっと言って8:8:1:1:1:2のこの比率は、最初のところで単純多数決から得た比率5:2:0:0:0:3に比べて、「評判が評判を呼ぶ」という世論の集積効果を如実に表している。

この新しい世評点は、一見少し奇妙だが、よく見ると意外に実際の社会の中の発言権の重みを表している。みなさんの周りにもBの「éminence grise 灰色の枢機卿」的な影の実力者がいないだろうか。そのBはAと組んで強力な主流派になっていて、割と票を集めているFを、いわば無力な反主流派の地位に追いやっている。民主主義の社会において往々にして、多数決と実際の発言権の間に絶えず緊張関係がある様を、この世評点がなかなかよく表現しているようでもある。誰もがなんとなく感じてはいても、仲々にこれと指さすことが出来なかった「人々の間の関係性」を、数学の言葉が初めて捉えたようではないか。

実はペイジとブリンがこの計算手法を編み出したのは、人の評判ではなく、Webペイジの評判に関してであって、そこでは矢印はあるWebペイジから別のペイジへのリンクを表す。世評で辻褄が合うまで重み付けして、このように計算されたWebペイジの世評点のランキングを「ペイジランク」というのである。彼らはこの方法を詳述した論文を書き、さらに特許をとって、それをもとにWebペイジの検索エンジンを作った。それがグーグルである。

グーグル検索は、多数決をベースにした各種検索エンジンより優れているとの評判を得た。評判は評判を呼び、瞬く間にグーグル社はインターネット上での覇権を確立した。世界中のWebペイジの検索順位がこのペイジランクで決められている。インターネット上で世評の高いWebページを探すのに、今では誰しもグーグル検索に頼りきっている。その独占ぶりはもはや、自由を尊ぶ人々の恐怖を掻き立てる段階なのかもしれない。一編の論文に込めた数学の力だけで世界を征服したペイジとブリンのもとには、今日も天文学的な富が流れ続けている。

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