土佐のミストラル

量子グラフを用いた単一粒子の流速制御理論」という論文の定稿がなんとかできてくる。これは割と数理物理をこえて受けるかもしれない、と希望的観測をしてみる。少し落ち着いて周りを見渡すと、外はもうすっかり秋の風情である。毎年の事ではあっても、コスモスとヒマワリが同時に咲いて木漏れ日が風に踊る土佐の秋は実に美しい。

どう、こんなに麗しい秋は何所探しても中々ないでしょう、と昼食時に共著者の若き欧州人の同僚に話を向けてみる。ボヘミア辺りみたいな北の方だと、晩秋はもうさっぱり駄目ですが、南仏の地中海沿岸のは悪くないですよ、というのが答えであった。

彼は一昨年ここ土佐山田に来る前は南仏の港町マルセイユに居て、そこで故デュクロ教授の下で博士論文を書いていた。ローヌ川の河口に開けたデルタはニームからマルセイユまで広がっている、冬が近づくとこの地方には「ミストラル」という北風が吹く。ローヌを下ってきたアルプスからの寒風だという。

一月二月にもなると結構身にこたえるが、十一月くらいだとさほど冷くも強くもない。よく晴れた秋の日のミストラルは、景色をくっきりと浮き立たせて、気が晴れ晴れするのだという。

じゃあこことそんなに違わないのかな、物部川を下ってくる風に土佐湾の海の薫が混じるのがここでも時に感じられるよね、と聞いてみる。

ええ全く、と彼は珍しく興奮した声をあげて、短く持っていた箸を魚の皿の上に置いた。

一昨日の朝ちょっと風が強めでしたよね。家を出る時からっと晴れ渡った空の青が目に入って、ミストラルが頬に当たって、あれ自分は今どこに居るのか、って立ち尽くしました……そうしたら後から出てきた同じアパルトマンに住む看護学校の女学生に「ご気分でもわるいんですか」と声をかけられちゃいました。そう言って彼はちょっと顔を赤らめた。

彼なり私なりにわずかの雅な心得でもあれば、なにかの韻律にのせた短詩でもさらっと書き留めたであろうが、なにぶん二人とも無粋なサイエンティストである。ひとときの沈黙のあと、我々は途切れた技術的詳細の話を続けた。一般の場合でも、ここまで調べた二パラメータの特殊な場合と物理的本質は同じであるというのを、どのように論文中で表現するかについて。

そういえばちょうど二年前の今頃、デュクロ先生から届いた最後の手紙には、ぜひ近いうちに高知を訪れたいと記されてあった。聞くと彼は南仏の地にすっかり馴染んで地中海岸の風土を愛していたが、ごく時たま生まれ育ったパリを懐かしむ言葉をぽつりと呟かれていたという。

なぜか中土佐町の小さな神社と海辺の墓地の情景が思い浮かんだ。

ピエール・デュクロ先生の魂にいつまでも安らぎを。

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ピエール・デュクロ博士追悼論文集
Spectral and transport properties of quantum systems: in memory of Pierre Duclos (1948-2010)
J. of Phys. A: Math. Theor. 43 (47), 26 Nov 2010

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